身体・動き・作品


過去のノートを元に自分のやりたいことを探す。自分はどこにいる。いや言ってしまえば、日常の動きを舞台に抽象化するっているのがやりたいんだけどね。でもそのために、昔のノートを参考に自分の傾向を探ってみる(めんどくせー性格だな)

まず、自分のこうありたい身体。その身体から生み出される動き。その動きを紡いだ作品を示す。
可能であれば、それを得ることができるワークを考える。
長くなったので、まとめだけにする。全て読みたければREADMOREを。

なりたい身体「柔らかい身体」
☆身体に関しては日々のワークを通して、改善していこう。一朝一夕でできるものじゃないので、この大学半年での課題は、イニシアティブと脱緊(なるべく力を抜いて踊ることを意識しているからめちゃめちゃ力を入れて見るのも大事かなと)、反射ワーク=心と体を連動させるために、そういう意味では昨日の一日をダンスにしてみるのも絶対可能!自分の身体なしには昨日はありえなかったわけだから、少なくとも昨日は身体が通り越してきた時間なのだから。

やりたい動き「行為が表現された動き」
その行為にどういう動作が含まれているのか(例えばクローゼットから服を取り出して着るまでを)、その行為・動作をどんどん抽象化していき一つの行為を一つの振りにつなげていく。

☆ダンスとデッサンをつなげるような気持ちで、デッサンではよく見るというワークをしていて、ダンスでは動きをよく感じるというワークとしていこう。そうすることで、デッサンで日常の世界の見方を変えると同時に、ダンスで日常の動きの感覚を変えていきたい。

作りたい作品。「テキストを基に世界について語る作品」

☆あんまり、人間臭さとかこういう作品を作りたいっていう理想はいいです。そこに、別個の生命体があるからで、僕はその声を聞き世界に起こすだけなのです。それは最初はとてもとてもとても小さな声で語られる物語なのです。

やってみたいこと。
「とにかくなんでもダンスにしてみる。言葉も動きも電話のとり方も、自分自身の人生も。すべてをダンスに変える。そしてできるはず。」
自分の自己紹介を身体で表現する。
今日の一日をダンスにしてみる。

ここに来て、「火葬」の反省。
30分という自己最長の作品になりましたが、結局はテキストがいる作品になったよな。だから、ダンスといえど、雰囲気もので終わらしたくなかったら、テキストを作れってことだろう。ある意味のデッサン。僕はほんとに結構考えているのだね、あとになって気付く。
(白井さん曰く、一時間ものは自分がなぜこういうことをやっているのかを示せばいい。)
ただ、自分が思いついたことを実行できてない。あちらこちらに興味というか、自分に自信がないせいか他の人の練習を試してしまい、自分が思いついたことにチャレンジできていない。そして、人がやってるのを確認したら安心して、自分もやろうとする。この考え方、研究者じゃないね、学習者だわ。失敗してもいい、自分でやろう。

1.やること:「簡単なテキストをつくり、そのテキストを元に振りを作り、作品を作る!」

考えの列挙よりもひとつの物事に対しての深い考えのほうがえるものは大きいと思われる。なぜ行為の抽象化に惹かれるのかをtree構造で示したほうが深いところまで考えれる。
なぜテキストなのか?なぜ動きの抽象化なのか?


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なりたい身体。「軸の通った柔らかくて、キレとタメができる身体」
軸の通った身体(三点倒立、おしり歩き、パッセターン)
粘る身体(足振りでの回転)
緊張と脱力(脱緊ワーク、いろんな方向へのリリース)
周りの景色を感じ、周囲に集中できる身体。(周りを見る、鬼ごっこ、息合わせで歩く)?
いろんなテンポで踊れる身体(HIPHOP?リズム系ダンス)
いろんな質で踊れる身体(まずは自分の踊り体質=脱緊を鍛える)
柔らかい体の動き(脱緊、インターロック)
キレキレの身体(とにかくはやく、がむしゃらに動いてみる。同じ箇所を何10回も動かしてみる)
イニシアティブ(自分の身体をどこからでも動かせるように、肘先行?腰先行?など)
骨を意識した動き。(筋肉の脱力と力を入れるポイントの理解
連動した体の動き。(連動ポイントを決めて動く、身体の反射で動く白井ワーク)
腹筋の割れたからだ(個人的に。腹筋する)


やりたい動き。「行為が表現された動き」
コンタクト。
流れが気持ちいい動き。見ているだけで、気持ちいいんだけど。それになおさら意味があるとなるとびっくりするよな。
=いままで気持いいかどうかで振りを作ってたな、それはエクササイズと変わらんやん。正しいかどうかで(少なくとも、自分が納得できるかどうかで)作ろう。
日常からの派生した動き(ノートにやりたいって書いてあった!…何を見て思ったんだろう)やりたくてもどうしたらできるかがわかんないんだよね。こういうことをしたいっていうのがケッコー大事!

人間らしい筋肉の動き。ダンスっぽい淘汰された結果の動きではなくて。
=おそらくこれが僕が日常の動きが好きな理由なんだろう。淘汰された動きはすでに出来上がっていて、クオリティを高めることでしか勝負できない。日常の動きという自分の概念、感性で踊ることはその人の真実だ。決して、パントマイムのように万人に通じるような説明的な動きではなくて、表現。
デッサンと同じじゃん!ただ、透明なプラスチック板に手を乗せて書いても、それはただのイラストです。見たままをそのままに落とし込んでいく。自分の身体をそのまま落とし込んでいく。日常の動きという概念に縛られないように!


作りたい作品。「テキストを基に世界について語る作品」
人間臭さを感じる作品。
感情を感じる作品。
一本道の作品ではなくて、複雑なグラフ構造をもつ作品。無関係だと思っていたシーンが急に関係性を持つような。
テキストがある作品。
静の作品と動の作品。
国境を超える作品(世界に通用する作品)
玉井と三浦を超える作品。ちっぽけな世界かもしれんけど、超えるべき存在がいます。
真似してても超えられないけど、三浦ジャンプのように何時間も同じ練習を遂げていたら独自の進化をとげる部分はあるのです(笑)真似ではなく研究して超えていくんだ!そこに自分の感性をぶちこんだら自分のオリジナリティ。もちろんそのオリジナリティも言語化される必要がある。
二人の考えは少なくとも何かしらの媒体を通して、僕に伝わってきてるわけだから。身体化、言語化。思考の断片をつないでいく。